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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)3060号 判決

原告 後藤建次

右訴訟代理人弁護士 三宅雄一郎

被告 ヤマハ発動機株式会社

右代表者代表取締役 川上源一

右訴訟代理人弁護士 白石信明

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、主位的請求として、「被告は、原告に対し、金五、九〇二万九、〇四七円及び内金五、四〇二万九、〇四七円に対する昭和四九年四月二八日から、内金五〇〇万円に対する本判決確定の日から支払済みに至るまで各年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を、また、予備的請求として、「被告は、原告に対し、金五三六万二、六八六円及び内金三四万五九三円に対する昭和四八年一月一日から、内金四九万三、三二〇円に対する昭和四九年一月一日から、内金六一万四、八八〇円に対する昭和五〇年一月一日から、内金三九一万三、八九三円に対する同年四月一日から支払済みに至るまで各年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は、主位的請求及び予備的請求のいずれに対しても主文同旨の判決を求めた。

第二請求の原因等

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因等として、次のとおり述べた。

一  事故の発生

1  原告は、昭和四七年四月二三日、東京都稲城市所在トミナガオートランドにおいて、被告の主催するモトクロス大会(以下「本大会」という。)に参加し、ノービス(初心者)二五〇CCクラスのレース(以下「本件レース」という。)に出場した。

2  本件レースにおいて、第六コーナーに差しかかった原告は、この地点のコースが下り坂、右の急カーブで逆バンクであることに気付かぬまま、ギャップでジャンプして着地しようとしたが、失敗して崖下へ転落した。

3  右事故(以下「本件事故」という。)により、原告は、第七胸椎圧迫脱臼骨折(脊髄損傷)の傷害を受け、この結果、身体障害者福祉法施行規則別表第五号身体障害者障害程度等級表第一級に該当する胸部以下の運動機能喪失、両下肢機能全廃の後遺障害が残り、この障害に伴い、常時、腎臓障害、褥瘡等の疾病に悩まされている。

二  原告と被告との関係

原告と被告とは、原告を労働者、被告を使用者とする雇傭関係にある。すなわち、

1  原告は、昭和四七年四月九日、被告の東京支店城東営業所(以下「城東営業所」という。)が主催して開かれた柏アビコモトクロス大会(以下「柏大会」という。)において、二五〇CCクラスのレースに出場し、優勝した。

2  その直後、原告は、城東営業所長川口夫美男から、同営業所のチーム(チーム城東)の一員として本件レースに出場することを勧誘され、後日、原告はこれを承諾した。

3  右出場に際して、被告は、原告に対し、次のイからリまでの利益を与えることとした。

イ ヤマハオートバイを貸与する。

ロ 被告の工具類を自由に使用させる。

ハ レースのための燃料は、必要なだけ提供する。

ニ 「YAMAHA」のマーク入ユニフォームを無償で支給する。

ホ 大会当日は、城東営業所と会場の間を送迎する。

ヘ 大会当日の食事を提供する。

ト 本大会の参加費用は、被告において負担する。

チ レースのための傷害保険料も被告において負担する。

リ オートバイ用部品(パーツ)を無償で供与する。

4  一方、原告は、被告に対し、次のイからハまでの制限に従って、チーム城東の一員として本件レースに出場し、優秀な成績をあげるよう努める義務を負うものとされた。

イ 本件レースにおいては、被告の製造したヤマハオートバイを使用する。なお、被告は、これを否認するが、平常スズキのオートバイに乗っていた平井が、本大会のため被告からヤマハオートバイを借りて城東チームの一員として出場したことからも、この制限があったことは明らかである。

ロ 被告から支給されるユニホーム(3ニ記載のもの)を着用する。

ハ チームのリーダーは城東営業所員の鮎沢義和であり、チーム員はすべて同人の指示に従う。

5  原告は、連絡不徹底のため合同練習に参加できなかった以外は、ミーティングに出席するなど同営業所の指示に従い、更に、3のイ及びホ以外の各利益を享受し、4の各制限に従って、チーム城東の一員として本件レースに出場したものである。

6  以上3ないし5の事実に以下の各事実を総合すれば、前記2記載の川口の勧誘は、雇用の申込みに、これに対する原告の承諾は雇用の承諾に当たるものと評価すべきである。

(一) チーム城東は、被告がモトクロスマニア向けに発売した国産初のモトクロス専用オートバイであるヤマハDT二五〇トレールランドスペシャル(通称MX)の優秀性を示し、その販売の促進を図る構想の下に、被告の宣伝活動の一環として結成されたものである。

(二) 本大会当日のチーム城東のメンバーの集合場所は、城東営業所のテントと決められていたこと、同チームの名称、メンバー着用のジャケット及び使用オートバイ等から、外部的にも被告の一員と表示されている。

(三) 同チームのメンバーは、城東営業所が強く勧誘して結集されたもので、チーム結成まで相互に知己はなかったものであり、チーム名並びに前記の3の利益及び4の義務は、すべて同営業所が予め決めておいたものであって、同チームと原告らメンバーとの関係は城東営業所が主導的に決定している。

(四) 本大会の前日のミーティングにおいて、川口は、原告ら同チームのメンバーに対し、優秀な成績をあげるよう強く要請している。

被告は、賃金の支払いがないことを本件が雇用に当たらない理由として挙げているが、雇用契約上の賃金とは、現金である必要はなく、モトクロスマニアの原告らにとっては、前記3記載の各現物給与の方がかえって価値があるもので、右現物給与は賃金たりうるに不足はない。

三  被告の責任原因

1  主催者としての契約上の責任

(一) 本大会は、被告が主催したものであり、原告が本大会参加料を支払った(現実には、前項3トのとおり原告の代わりに被告がこれを負担した。)ことにより、原告と被告との間には、本大会出場についての契約関係が成立し、被告は原告をレースに出場させるべき義務があり、更に、信義則上右義務に付随して、レース参加者たる原告を安全に走行させるため必要な措置をなすべき義務があるところ、本件事故は、被告が右付随義務を怠ったため発生したものというべきである。すなわち、

(1) 主催者としては、レース参加者を安全に走行させるため、レース前に、参加者をして十分な公式練習をさせ、又はこれに代えて図面によるコースの説明及び注意をするなどして、参加者にコースの地形、状況を熟知させるべき責務があるにかかわらず、被告は、本大会への参加者が多数であったため、原告ら参加者に十分な公式練習をさせず、また、これに代わる図面によるコースの説明及び注意をもしないままレースを開始した。

(2) 一方、本件コースは、コース外への転落防止設備が不十分な状態にあったから、その点を参加者に周知徹底させ、本件事故地点を含め危険な地点には指示員を配置し、かつ、危険場所の表示をしてコースアウトによる事故の発生を防止すべき責務があるにかかわらず、何ら右の措置を採らないままレースを進行させた。

(二) 原告は、被告の右(一)(1)及び(2)の義務違反のため、本件事故発生地点におけるコースの状況、殊に、同所が危険箇所であることを知らぬまま走行して、転倒の上コースアウトし、前記の傷害を負ったものであるから、被告は、民法第四一五条の規定に基づき、本件事故により原告の被った損害を賠償すべき責任がある。

2  主催者としての工作物責任

(一) 被告は、本件事故当日、トミナガオートランドのモトクロスレース場全体を借り切り、これを占有していた者であり、同レース場は、モトクロスレースに使用するため人工的に造成された土地の工作物である。

(二) 右レース場は、きついアップ、ダウンや急カーブなどの危険なコースが設定されているにかかわらず、コース案内図及び標識等による危険箇所の表示がなく、更に、転落防止柵等の安全設備も設置されておらず、モトクロスレース場として通常有すべき安全性を欠いていたものであるから、同レース場の設置又は保存には瑕疵があったものというべきである。

(三) 本件事故は、右の瑕疵により惹起されたものであるから、同レース場の占有者である被告は、民法第七一七条第一項の規定に基づき、本件事故により原告の被った損害を賠償すべき責任がある。

3  使用者としての安全配慮義務違反による貴任

(一) 被告は、前記のとおり原告の使用者であるから、雇用契約上の付随義務として、被用者である原告の労務管理に当たり、その生命・身体を危険から保護するよう配慮すべき義務がある。

仮に、被告が原告の使用者とまでは認められないとしても、原告と被告との間には前記二に記載したような関係が存するのであるから、雇用契約に準じて、被告には右の義務があるものというべきである。すなわち、

本件レースが十分な公式練習なしに開始されたことは前記のとおりであるところ、被告は、この事実及び本件コースが著しく危険であることを知っていたのであるから、このような場合、使用者たる被告としては、原告が安全に走行できるよう事前に十分な指導を行い、又は原告にレースの出場を中止させる等の措置を採るべき義務があるにかかわらず、これを怠ったものである。

(二) 本件事故は、被告の右義務の不履行により発生したものであるから、被告は、民法第四一五条の規定に基づき、本件事故により原告の被った損害を賠償すべき責任がある。

四  損害

原告が本件事故により被った損害は、次のとおりである。

1  逸失利益

原告は、昭和二三年一一月三日生まれの男子で、本件事故当時健康に稼働していたところ、本件事故によりその労働能力を全部喪失したものであり、本件事故に遭わなければ六五歳まで四二年間にわたり稼働して、この間年齢に応じ、昭和四六年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・小学新中卒男子労働者の年齢別平均賃金表による当該年齢層の平均賃金年額を下らない年収を得ることができたはずであるから、以上を基礎として、ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して原告の逸失利益の現価を算定すると、別紙のとおり金二、六七八万二、三二二円となる。

なお、被告は、原告が現在印刷工としての収入及び傷害年金により月額一〇万円の収入を得ているから、原告には逸失利益はない旨主張するが、右収入は、極めて不安定であるうえ、原告が平均人以上の努力をして得ているものであるから、逸失利益の算定に当たり右収入は考慮すべきではない。

2  入院諸雑費

原告は、前記傷害のため、本件事故当日から昭和四八年一〇月二六日まで(六六六日間)国立村山療養所に入院して治療を受けたが、この間の諸雑費として一日当り金三〇〇円の割合で合計金一九万九、八〇〇円の支出を余儀なくされ、同額の損害を被った。

3  退院後の介護料

原告は、本件事故により、前記の後遺障害が残ったため、終生車椅子の生活を強いられることとなり、日常生活をするにも他人の介護を要する状態にある。しかして、現実には、完全看護がなされていた国立村山療養所を退院後(当時ほぼ二五歳)、介護料の負担を余儀なくされることとなったものであり、昭和四六年の簡易生命表によれば二五歳男子の平均余命は約四七年であるから、原告は、右退院後四七年間にわたり介護料を負担せざるをえないものというべく、この間の介護料は、一日当り金一、五〇〇円とみるのが相当であるから、以上を基礎として、ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して原告の介護料の村山療養所退院時における現価を算定すれば、金一、三〇四万六、九二五円となる。

なお、原告が、現在、実際には介護料を支出していないことは、被告主張のとおりであるが、これは、原告にその資力がないためであって、原告が介護を要する状態にあることに変わりはない。

4  病室建築費用

原告は、3で主張したとおり終生介護を要する状態にあるものであるが、他人の介護を受けても、なお、日常生活を営むためには、廊下、浴室、洗面所等につき車椅子用の特殊な設備が必要であり、これらの工事費用に金六〇〇万円を要するところ、この費用は本件事故と相当因果関係ある損害というべきである。

5  慰藉料

原告は、本件事故により、価値ある青春を一瞬にして失ったばかりか、一生車椅子の生活を余儀なくされるに至り、終生他人の介護を必要とし、窮屈な思いを続けなければならなくなったもので、これによって原告が受け、また、将来受け続けるであろう精神的肉体的苦痛は筆舌に尽くし難いものがあるから、右苦痛に対する慰藉料としては、金八〇〇万円が相当である。

6  弁護士費用

原告は、被告が損害賠償金の任意支払に応じないため、やむなく、本訴の提起、追行を原告訴訟代理人に委任し、報酬等の支払を約したが、本件訴訟の難易その他諸般の事情からみて、その額は金五〇〇万円を下ることはなく、同額の損害を被ったものである。

7  以上によれば、原告が本件事故により被った損害は、1ないし6の合計金五、九〇二万九、〇四七円となる。

なお、原告は、本件事故に関し、右の他、治療、機能回復訓練等のため、多額の出費を余儀なくされており、更に、後遺障害に伴う疾病のため、将来も治療費等を支出しなければならないものであるが、本訴においては、これらの治療関係費用の賠償請求権の行使を留保する。

五  予備的請求(労働基準法上の責任)

1  原告は、前記のとおり被告の労働者であり、被告は、第三項3で主張したとおり、原告の使用者として安全配慮義務違反による責任を負うべきものであるが、仮に、本件事故発生につき被告に責に帰すべき事由がないとしても、原告と被告との間の雇用契約によれば、原告の本件レース出場は業務上のものであり、原告は業務上負傷したものというべきであるから、業務災害として、次のとおりの災害補償をなすべき義務がある。

(一) 原告は、右負傷により、昭和四七年四月二四日から昭和四八年一〇月二六日まで国立村山療養所に入院して治療を受け、その後昭和五〇年三月三一日まで西多賀ワークキャンパスに入所して療養していたものであり、右期間中、労働することができないために賃金を受けえなかったものであるから、使用者である被告は、労働基準法第七六条第一項の規定に基づき、原告の右療養期間中における休業補償として、平均賃金(第四項1において主張した平均賃金額を基礎とする。)の六割相当額、すなわち、昭和四七年四月二四日から同年一二月三一日までの間は金三四万五九三円、昭和四八年一月一日から同年一二月三一日までの間は金四九万三、三二〇円、昭和四九年一月一日から同年一二月三一日までの間は金六一万四、八八〇円、昭和五〇年一月一日から同年三月三一日までの間は金一五万一、六一四円、合計金一六〇万四〇七円を補償すべき義務がある。

(二) 原告は、本件事故により前記の後遺障害が残ったが、右は、労働基準法施行規則別表第二身体障害等級表第一級第九号に該当するから、被告は、労働基準法第七七条の規定に基づき、障害補償として、平均賃金(年額金一〇二万四、八〇〇円)の一、三四〇日分金三七六万二、二七九円を補償すべき義務がある。

2  仮に、原告と被告との関係が典型契約としての雇用契約と認められえないとしても、両者の関係がこれに類似した無名契約であることは疑いがないから、右労働基準法上の責任が類推適用され、右関係の程度に応じて同法による保護が与えられるものと解すべきである。

六  よって、原告は、被告に対し、主位的請求として、第三項1ないし3の責任原因に基づき、第四項7の金五、九〇二万九、〇四七円及び右金員の内弁護士費用を除いた金五、四〇二万九、〇四七円に対する本件事故発生の日の後であり、かつ、本件訴状送達の日の翌日である昭和四九年四月二八日から、右金員の内弁護士費用に対する本判決確定の日から各支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、予備的請求として、前項の責任原因に基づき、同項1(一)及び(二)の合計金五三六万二、六八六円及び右金員の内休業補償金については、各年ごとの要補償額につき、当該年の休業期間の最終日の翌日から、すなわち、内金三四万五九三円に対する昭和四八年一月一日から、内金四九万三、三二〇円に対する昭和四九年一月一日から、内金六一万四、八八〇円に対する昭和五〇年一月一日から、内金一五万一、六一四円に対する同年四月一日から、また、障害補償金については、後遺障害の固定した昭和五〇年四月一日から各支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

七  過失相殺の主張に対する答弁

被告の過失相殺の主張事実は、争う。たとえ、本件事故発生につき原告に何らかの落度があったとしても、それは軽微なものにすぎず、原告はもともと危険作業に従事していたのであるから、右の程度の落度は、過失相殺事由として斟酌すべきではない。更に、予備的請求に係る労働基準法上の災害補償責任は、無過失責任であるから、過失相殺規定の適用はないものと解すべきである。

第三被告の答弁等

被告訴訟代理人は、請求の原因に対する答弁等として、次のとおり述べた。

一  請求の原因第一項1の事実は、認める。

同項2の事実中、原告が本件レース中その主張の地点において転倒し、負傷したことは認めるが、その余の事実は、否認する。右地点は、皿のような形状になっており、このため左側を走れば正バンク、右側を走れば逆バンクとなるところ、原告は、左側を走っていたのであるから、正バンク状態であったものであり、同地点は、滑りやすい状況にはなく、その手前にギャップは存せず、特にジャンプを要するような場所でもなかった。右地点の手前は、むしろなだらかな山状を呈した地形となっており、原告は、これをオーバースピードで通過しようとしたため、結果的にジャンプするかたちになったのである。また、原告は崖下に転落したのではなく、数人が手を組みその上に負傷した原告を乗せて登れる程度の斜面の土手下に転倒したにすぎない。

同項3の事実中、原告が本件事故によりその主張の傷害を受け、この結果その主張の後遺障害を残したことは認めるが、常時腎臓障害、褥瘡等の疾病に悩まされているとの事実は、否認する。

二  同第二項冒頭の事実は、否認する。

同項1の事実は、認める。

同項2の事実は、否認する。柏大会において優秀な成績を収めたときは、本大会に参加を希望する場合、出走料金一、〇〇〇円の支払を免除する特典を予め約束していたので、川口が原告に対し、本大会への出場希望の有無を尋ねたところ、その時は回答がなく、後日磯貝モータース(販売店)を通じて、本大会に参加すると回答してきたものである。

同項3イ及びロの事実は、認める。ただし、本大会参加者で希望する者には、誰にでもヤマハオートバイを貸与し、また、被告の工具類を使用させていたものである。同ハの事実は、否認する。参加者は全て燃料持参となっており、何らかの都合でこれが不足した場合にのみ提供することとしていたものである。同ニの事実は認める。ただし、このジャケットは、市販されていた物であり、チーム城東以外にも着用している者がいた。同ホの事実は、否認する。本大会会場へ車両運搬用トラックを差し向けるので、もし、チーム員が希望するなら、これに同乗してもよいという程度である。同ヘないしチの事実は、いずれも認める。ただし、同トトについては、本件レースへの参加費用を免除するという意味であり、同チの保険料は、もともとレース参加費用に含まれているものである。同リの事実は、否認する。

同項4ないし6の事実は、全部否認する。仮に、川口が原告に対し、本大会参加を勧誘したとしても、競争参加の勧誘にすぎず、これをもって雇用契約の申込みと解することはできない。被告と原告との間には、原告の本件レースへの出走について、被告の指揮命令を受け、その監督のもとにこれを行うという使用従属関係は存せず、また、被告は原告に対し、本件レースへの出走の対価として賃金を支払い、又はその約束をしたことはない。原告の出走料支払を免除したのは、前記の事情によるもので、賃金とは何ら関係がない。

なお、労働基準法第九条で定義する「労働者」に関し、昭和二五年四月二四日基収第四〇八〇号は、自転車競争施行者と競輪選手との関係について、使用従属関係はなく、後者の受ける日当、宿泊料は実費弁償、賞金は競争参加の目的であって、労働の対価ではないから、賃金の支払もないとして競輪選手の労働者性を否定しているが、この理は、本件における被告と原告との関係についても、そのまま妥当するものである。

原告は、チーム城東と原告らメンバーとの関係は城東営業所が主導的に決定した旨主張するが、原告の他にも柏大会で優秀な成績を収めた四、五人の者が本大会への参加の意思を表明していたので、本大会の前日城東営業所において顔合わせを行ったところ、出場希望者間の個人的な盛り上がりにより、たまたまチーム城東という名称を付したモトクロス愛好会ができたにすぎず、右チームに被告は関与していない。

三  同第三項1(一)の冒頭の事実中、本大会が被告の主催であることは認めるが、被告に原告主張の義務があることは否認する。殊に、モトクロスレースの性質上、原告主張の付随義務は到底ありえない。

同項1(一)(1)の事実中、被告が参加者に対し図面によるコースの説明をしなかったことは認めるが、その余は否認する。被告は、レース開始前にミーティングを行ってコースの説明をし、午前八時四五分頃から同九時三〇分まで二〇分間ないし四〇分間にわたり、レース参加者を二組に分けて各組とも第一周はセニアライダー鈴木忠男の先導で、その後は各選手随意に十分時間をかけて本件コースを試走させたもので、十分な公式練習を行っており、その後更に、コースマーシャル(コース点検員)が点検し、本レースとして異常な危険がないことを確かめたうえで、レースを開始したものである。同項1(一)(2)の事実は、否認する。被告は、被告社員に危険注意、レース中止等六種類の旗を持たせて七か所に配置して状況に応じた指示をさせ、安全を期していたものである。

同項1(二)の事実は、否認する。原告は、前記の公式練習において、本件コースを二回試走しているから、本件事故現場の地形は、よく知っていたはずである。また、原告が転倒した場所は、格別危険な場所ではなく、また、コース外には、灌木が生育して自然の防護柵となっている。原告は、本件レース開始直後一回転倒し、最後尾となったため、先頭車に追いつこうとしてスピードを出しすぎ、カーブを曲がり切れず本件事故となったもので、本件事故は、専ら原告の無理な運転が原因というべきである。

同項2(一)の事実は、認める。同項2(二)の事実中、レース場に案内図及び危険場所の表示がなかったことは認めるが、これは、気象状態を見て安全確保の見地から日によりコースを変更することがあるからであって、その代わりにレース前に公式練習をしたのであり、その余の事実は、否認する。モトクロス競技は、モータースポーツを愛好する若者の健全な心身の鍛練とモーターサイクルスポーツの普及を目的とするもので、そのコースは不整地コースであるが、国内競技規定によれば、距離は一・二キロメートル以上二キロメートル以内、コース幅は五メートル位で一キロメートル当り追越可能箇所が五か所以上、スタート地点は一車につき一・二メートルの幅を確保することを要するものと定められており、最も大きな特徴は国際競技規定において平均時速が五〇キロメートルを超えないコースと定められていることであって、その走行路面に凹凸、急勾配、走行方向の急変化を組み合わせてコースが設定されており、したがって、その走行についても、基本姿勢、坂の上り方下り方、バンク、砂地、泥ねい地、石地、やぶ等の走行について練習を重ね、その走行法を学んでから競技に出場するのを常とする。本件コースは、以上のモトクロスの特質、コース設定基準からみて特に危険なコースではない。原告は、本大会以前にもモトクロスレースに出場しており、将来ライダーを志していたのであるから、以上のことは熟知していたはずであり、更に、レース前には、十分な公式練習をしていること及び本件事故現場は、危険箇所とはいえないことからすれば、本件コースが特段に危険であったことが原因で本件事故が発生したものでないことは、明らかである。同項2(三)の事実は、全部否認する。

同項3の事実は、いずれも否認する。

四  同第四項1ないし6の事実は、いずれも否認する。原告は、現在印刷工としての収入及び傷害年金を合わせて月額一〇万円の収入を得ており、何ら逸失利益の損害は生じていない。また、原告は、現実に介護を必要としておらず、介護料の支払もしていないから、介護料の請求は失当である。

五  同第五項1冒頭の事実は、すべて否認する。

同項1(一)の事実は、否認する。同項1(二)の事実中、原告主張の後遺症が残ったことは認めるが、その余は否認する。

同項2の事実は、争う。

六  過失相殺の主張

仮に、被告に何らかの賠償責任があるとしても、本件事故が原告の過失に基づくこと大であることは、上記のところから明らかであるから、被告は、九割の過失相殺を主張する。

第四証拠関係《省略》

理由

(事故の発生)

一  原告が、昭和四七年四月二三日、東京都稲城市所在トミナガオートランドにおいて、被告の主催するモトクロス大会(本大会)に参加し、ノービス二五〇CCクラスのレース(本件レース)に出場してレース中、第六コーナーに差しかかった際、転倒して負傷したことは、本件当事者間に争いがない。

(雇用関係の有無について)

二 原告は、原告と被告とは、原告を労働者、被告を使用者とする雇用関係にあり、原告の本件レース出場は業務上のものである旨主張するので、以下この点につき審究することとする。

《証拠省略》を総合すれば、(一)原告は、昭和四二年頃からモトクロス競技に興味を持ち、それ以来オートバイを同競技用に改造し、クラブを結合するなどして同競技に親しみ、日本モーターサイクル協会(通称MFJ)に加入してノービスクラスのライセンスを取得し、更には、モトクロス専用オートバイ(原告主張に係るMX)を所有してモトクロスレースに出場するなどしていた者であるが、昭和四七年四月九日、城東営業所主催の柏大会において二五〇CCクラスのレースに出場し、優勝したこと(叙上の事実中、昭和四七年四月九日城東営業所主催の柏大会において二五〇CCクラスで優勝したことは、当事者間に争いがない。)、(二)柏大会において、城東営業所は、参加者を多く募り、レースのムードを盛り上げ、また、同月二三日に開催を予定されていた本大会にできるだけ多くの選手を参加させるため、優秀な成績を収めた者に対しては、本大会への参加費用を同営業所において援助するとの特典を設け、当時の同営業所長川口夫美男は、右大会の開会式においてこれを参加者全員に告げたこと、(三)原告の前記レース終了後、川口は、本部席テント内において、原告に対し、右特典を享受して本大会に出場する意思があるかどうか尋ねたが、原告は、本大会がMFJの公認レースではなく、ライセンスクラス昇級のためのレース得点の対象とはならないため、即答を避けたところ、数日後、オートバイの販売店磯貝モータースを通じて城東営業所員鮎沢義和から、再び本大会に出場しないかとの勧誘を受けたため、原告は結局これを応諾したこと、(四)鮎沢は、原告の他、柏大会に出場して優秀な成績を収めた吉原慶一、篠田某、平井某、石渡某他一名の選手に対しても本大会出場を勧誘して応諾を受け、本大会の一週間前にこれらの者をトミナガオートランドに集めて自由練習をさせたが、原告のみは、連絡不十分であったため、右練習に参加できなかったこと、(五)更に、本大会の前日である昭和四七年四月二二日午後七時頃、鮎沢が前記(四)の各選手に連絡をとって城東営業所に集合させ、本大会のためのミーティングを行い、原告他前記五名の選手、城東営業所員で本大会に出場予定の染谷光亨のほか、鮎沢ら城東営業所員二、三名が出席し、川口所長も挨拶に立って、本大会に連なっているヤマハグランドスポーツフェステバルのことや参加するからには勝ってほしいなどと述べたこと、このミーティングは、川口の挨拶以外は鮎沢が中心となって進行し、選手紹介後、各選手の出走種目の決定、選手個人ごとの参加申込書の作成、城東営業所として各選手に供与する便宜の説明がなされ、鮎沢の提案で、このミーティングに参加した選手でグループをつくり、このグループに「チーム城東」という名称をつけたが(ただし、このミーティングにおいて、染谷も同チームのメンバーと同様の扱いを受けはしたが、同人が同チームのメンバーであるかどうかは明確ではなかった。)、各選手の出場種目は、平常各選手が乗っているクラス、持っているオートバイのクラス等を勘案して本人が自己の希望により決めたものであり、また、城東営業所として本大会のために申し出た便宜の内容は、(1)オートバイのない者には、城東営業所のヤマハオートバイを貸与すること、(2)同営業所の工具類を自由に使用させること、(3)レースのための燃料は、同営業所において提供すること、(4)ヤマハのネーム入りジャケット(前年度のMFJ公認レースでヤマハ所属のセニアライダー(上級モトクロス選手)が着用していたのと同じ物であるが、価格一、〇〇〇円程度で市販されている物である。)を無償で支給すること、(5)出走用のオートバイは、同営業所のトラックでトミナガオートランドまで運搬してやること、(6)大会当日の食事を提供すること、(7)本大会の参加費用(出場申込料であり、この中には、主催者が各選手のために掛けるレース保険の保険料も含まれている。)は、被告(正確には、城東営業所)で負担すること、以上のとおりであったこと(以上の便宜供与については、(3)並びに(4)及び(7)の括弧内の事実を除き、当事者間に争いがない。なお、(1)及び(2)について、被告は、本大会参加者で希望する者には誰にでも貸与していた旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。)、(六)本大会は、被告が、オートバイ、殊にモトクロス用オートバイの競技のより多い機会、場の提供を通じて、オートバイ利用者へのアフターサービスを図ると共にモトクロス専用オートバイ(構造上、一般道路は、走行できない。)の宣伝、普及を図ることを目的として企画、主催していたトレール杯争奪モトクロス選手権シリーズの一環であるところ、同シリーズは、個人参加を原則とし、得点計算、表彰等はすべて個人単位になされていたものであって、一般参加者のみならず、被告の支社、営業所等の社員が参加した場合でも、支社又は営業所ごとの得点計算、得点競争はしていなかったこと、(七)しかして、城東営業所としては、ユーザーに対するサービスの趣旨で前記便宜を供与したものであり、同営業所側から各選手に対して本大会のレース参加種目、展開方法等について何ら指示をしたことはなく、本大会でのヤマハオートバイの使用及び前記ジャケットの着用を積極的に義務づけたこともなかったこと、もっとも、平常スズキのオートバイに乗っていた平井が同営業所からヤマハオートバイの貸与を受けたため、結果的にチーム城東の選手全員がヤマハオートバイで出場することとなったが、これは、平井自身が申し出たものであること、(八)原告は、前記(五)のうち(2)ないし(4)、(6)及び(7)の便宜を受け、本大会に出場したものであるが、本大会当日においても鮎沢など城東営業所側から作戦指令等行動の指示を受けたことはなく、他の一般参加者と異なる特別の待遇を受けたこともないこと、以上の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

叙上認定した事実関係によれば、城東営業所によるチーム城東の各選手に対する働きかけは、各選手が本大会へ出場することを前提としてはいるが、それ以上に、練習時間、方法、選手の出場種目、レース展開の仕方などにつき、選手を拘束し、又はこれに対して何らかの指揮監督を及ぼしたものとは到底認めることができず(前記(四)の練習が任意のものであったことは、《証拠省略》から容易に推認しうるところであり、また、出場種目が専ら選手側の事情により決められたことは、前記認定に照らし明らかである。更に、本大会前日の川口所長の挨拶についても、その内容から直ちにこれが使用者の被用者に対する指揮、監督であるものとは、到底認めることができない。)、また、ヤマハオートバイの使用やヤマハのネーム入りジャケット着用も積極的に義務づけてはいなかったことは、前記認定のとおりであり、一方、チーム城東が城東営業所内の一組織として創設されたことを窺わせる事実は何ら存せず(前記認定に係る本大会の性質、運営方法に照らしても、営業所が業務上の組織としてこのようなチームを結成して本大会に臨むことの積極的な利点は、何ら見当たらない。)、チーム結成に至る経緯及び城東営業所でチームの選手に供与した便宜の内容に照らせば、本大会以後にわたって、同チームを存続させるかどうか、城東営業所から何らかの便宜の供与があるかどうかは、極めて疑問とされる程度の即席的なチームにすぎなかったものと認めるを相当とし、城東営業所が、チーム城東の各選手に与えた前記(五)の便宜も、城東営業所としては、ユーザーに対するサービスの趣旨であったことは前記認定のとおりであるのみならず、客観的にみても、ジャケットの支給以外は、本大会への出場を希望していた選手の本大会出場を援助する程度の内容のものにすぎず、ジャケットについても営業政策上のユーザーに対するサービスの域を出るものとはいいえないから、選手の本大会出場という労務提供に対する対価、すなわち賃金とは解することはできない。

以上によれば、城東営業所と原告らチーム城東の選手との間に使用従属関係が存したものとは、到底認めえないものといわざるをえない。

なお、チーム城東の選手の質、城東営業所で供与した便宜の内容、本大会の目的等に徴すれば、城東営業所としては、単にユーザーに対するサービスとしてのみならず、本大会においてヤマハオートバイに乗り、ヤマハのマーク入りジャケットを着用したチーム城東の選手達が活躍をすることによるヤマハオートバイの宣伝効果をも意図したであろうことは、容易にこれを推認しうるところであるが、この事実は何ら前記判断を左右するものではない。

してみれば、原告と被告との間には何ら雇用関係又はこれに類似する関係は存しなかったものと認めるほかはない。

(使用者としての安全配慮義務違反による責任の有無について)

三 原告と被告との間に雇用関係又はこれに類似する関係が存しなかったことは、前項で判示したとおりであるから、右関係を前提とし、被告の使用者としての安全配慮義務違反を責任原因とする原告の請求は、その前提を欠き、理由がないものというべきである。

(主催者としての契約上の責任の有無について)

四 およそ、スポーツ競技会において、参加者から参加料を徴し、競技施設を提供して競技会を主催する者は、参加申込を受理したときに、参加者との間に競技会実施に関する契約(一種の無名契約)を締結したものというべく、これに基づき、参加者に対し、競技出場を認許する義務を負うものであるが、これにとどまらず、右に付随して、当該競技施設を整備し、競技運営上参加者の安全につき必要な措置をなし、もって、当該競技自体に内在する危険性を別とすれば、参加者が安全に競技をすることができるよう配慮すべき義務を負うものと解すべきところ、原告は、本件事故は本大会主催者たる被告が、参加者たる原告に対する右付随義務を怠ったため発生したものである旨主張するので、以下この点につき判断するに、《証拠省略》を総合すれば、(一) モトクロス競技とは、同競技専用に製造され、又は同競技のために改造されたオートバイを用いて、同時出走の方式により、河原や丘陵など自然の不整地を利用して設定されたコースを自然の気象条件の下で規定の回数周回し、所要時間を競う競技であるが、所要時間に集約された競技者の状況判断能力、これに応対する運転技術・車両整備・調整の技倆等を競うのがその本質であり、そのコースは、凹凸、カーブ、上り下り等変化に富んだ悪路であることを不可欠の要素としていること、(二) しかしながら、同競技もスポーツとして行われるものであるから、国内外の競技団体等により、競技自体の安全性の見地から、競技用オートバイの構造、競技方法等についてさまざまの規制が設けられており、コースについても自然の地形のまま無雑作に設営されるものではなく、スタート地点における一台当りの幅、最大同時出走台数、コースの距離、コース幅、追越可能地点の設定等につき規制がなされており(殊に、国際的に承認されている規則によれば、一周の平均時速が五〇キロメートルを超えないようコース設定をすることとされている。)、被告においても、本大会を含むトレール杯争奪モトクロス選手権大会のため競技規則を定め、この中で以上の点その他コース全体はできるだけ安全なよう逆バンクを少なくし、ジャンプも低くすることなどコースの設営規則を設けているところ、右規則の内容は、我が国においてオートバイスポーツを統轄する最大の競技団体である日本モーターサイクル協会(MFJ)がその主催するモトクロスレースのため定めている国内規定に比較しても、安全性の見地からみて格別劣る点は存しないこと、(三) しかして、本大会の行われたトミナガオートランドは、MFJ等の公認レースの行われる若干の常設モトクロスレース場以外には、河川敷など自然の地形に多少手を加えて競技会の都度設営されるのが通常となっている他のモトクロスレース場と異なり、山岳を整備して常設のモトクロスレース場に改造したものであって、モトクロス関係者では整備されたレース場との評価を受けており、更に、本大会に使用されたコース(以下「本件コース」という。)は、本大会の前日、被告の本大会開催担当者において、前記競技規則に照らして点検し、これに適合することを確認していること、(四) 本大会は、選手の技倆及びオートバイの排気量に応じてクラス分けしてレースが行われたが、参加者総数は三四〇名ないし三五〇名にのぼり、本大会当日、午前八時頃から会場において受付及びレース用オートバイの車体検査を行い、これが終了した午前八時三〇分頃から出場選手全員を集めて開会式を行い、その際トレール杯争奪モトクロス選手権大会の趣旨、レースの規約、レース中大会役員が用いるスタート、ゴール、危険注意、コース上に救急車存在、レース中止の五種類の合図用旗などについて主催者側から説明がなされたこと(ただし、コースについての指示、説明はしていない。)、(五) ところで、モトクロス競技においては、前記のとおり自然の地形を利用し、自然の気象条件の下で競技が行われるため、天候などに応じてコースを変えることがしばしばあることから、レース場に固定的なコース案内図、コースの地形を示す標識等は設置されていないのが通常であり、各選手は、レース当日、競技開始前に主催者の指示により行われる練習において、当日のコースを数周試走し、コースの地形を覚え、走行方法、速度等につき作戦を練ることとなっているもので、これを公式練習といい、モトクロス競技に不可欠なものであること、しかして、本大会当日の公式練習は、開会式に続いて午前八時四五分頃から、三〇分ないし四〇分の間行われたもので、参加者が多数であったため、オートバイの種類により二組に分け、右練習時間を二分してこれを行い、各組ともまず、第一周目は、被告専属のセニアライダー鈴木忠男が先導し、時速約二〇キロメートル位の速度で本件コースを回り、残りの時間は、選手各自が車の調子をみたり、コースの状況を確認するため随意の速度で練習走行したこと、本件コースは、時速二〇キロメートルで走行した場合、一周の所要時間が三分ないし四分であり、吉原慶一は二、三周、原告は二周であったが、城東営業所から参加した染谷光亨は五周したこと、(六) 公式練習終了後レースが開始されたが、主催者である被告は、一〇名以上のコース役員に前記所定の合図用旗を持たせ本件コース中危険箇所に配置してレース中の安全に備え、また、一レースが終了するごとにコースマーシャルがコースを一周してコースの状況の安全確認を行ったこと、(七) 原告は、午後二時過ぎ頃から開始されたノービス二五〇CCクラスの予選レース(本件レース)に出場したが、同レースの出場者は二五名おり、上位六名位が決勝レースに進出できることとなっていたこと、しかして、原告は、本件レースにおいて順調なスタートを切ったが、第一コーナーを回り、左の上りコースに差しかかった際先行車と衝突しそうになり、これを避けようとしてコース外のやぶに逸脱するという事故が生じ、コースに復帰したときには最後尾で直前車さえ見えない程差をつけられてしまったため、遅れをとり戻そうとしてスピードを時速約五〇キロメートルに上げて走行し、本件事故現場(第六コーナー)手前に差しかかったこと、この付近のコースは、ゆるい下りから上りに転じ、小高い丘を越した辺りから下りで右のカーブとなっており、このカーブにおけるコースの横断面は、両端がゆるい斜面となっていて(なお、左側斜面は、土盛りの状態にあり、その外側はゆるい斜面を経てコースから約二メートル位低くなっている。)、ここを通過するときのコースのとり方は選手により区区であるが、いずれにしても、前記丘を登る過程で減速し、速度を調節しながらカーブに差しかかるため、進行方向右側の斜面をコースとしてとった場合でも(いわゆる逆バンクとなる。)、転倒、コース外逸脱等の事故は通常考えられず、本件コースの中で格別難所でも危険の予測される場所でもなかったため、この付近にコース役員は配置されておらず、ユース外転落防止柵等人為的安全設備も設置されていなかったこと、ところが、原告は、先行車に追いつこうとの焦りから、何ら減速をすることなく、前記速度で前記丘を上り走行したため、頂上付近から車体が浮き上がり、ジャンプするかたちのままカーブを曲がり切れずに進行方向左側のコース外に転落するに至ったこと、(八) 本大会において、本件事故現場付近をも含め発生した事故は、ごく軽微なものを除けば、本件事故のみであること、以上の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

叙上認定に係るモトクロス競技の内容、特質にかんがみれば、同競技は、競技のすすめ方によっては、危険性を内在させたスポーツというべきであるが、レースにおいて、いかなる注意配分、速度の調節、コースのとり方をするかは一にかかって競技者の自由な判断に委ねられているものであり、右判断に基づきコースの状況と自己の技倆に応じてレースを展開し、スピードを競うことをもってその本質とするものである以上、右の点の判断や運転操作上の誤りによって生ずる危険は、本来競技者自身において負担すべきものと解されるところ、上記のモトクロス競技の実情、コース設定の方法及び公式練習の意義、実施状況に本大会における事故発生状況を勘案すれば、本大会当日実施された公式練習が競技者に対し、本件コースの地形・状況を把握確認させるに不十分であったものと認めることは困難であり(前記認定に係る原告のモトクロス競技歴に照らせば、原告についても別異に解すべき理由はない。)、また、本件事故現場付近にコース役員を配置せず、コース外への転落防止設備を設置しなかったことは前記認定のとおりであるが、本件事故現場付近の状況に通常のモトクロス・コースの状態、本大会における事故発生状況等前叙認定に係る事実を合わせ考慮すれば、これをもって、被告が前記義務を怠ったものということはできず、その他被告において、本大会運営上参加者の安全配慮に欠けるところがあったものとは到底認められないのであって、本件事故は、専ら、第一回目の事故により他の競技者に大幅に遅れた原告が遅れを取り戻そうとして焦り、状況判断、速度調節を誤り、高速度のまま前記丘を上り走行したため発生したものと認めるべきである。

してみれば、被告の主催者としての安全義務違反を責任原因とする原告の請求は、理由がないものというべきである。

(被告の工作物責任の有無について)

五 被告が、本件事故当日、トミナガオートランドのモトクロスレース場全体を借り切り、これを占有していた者であること、及び同レース場がモトクロスレースに使用するため人工的に造成された土地の工作物であることは、当事者間に争いがないところ、原告は、右レース場の設置又は保存には瑕疵があった旨主張するけれども、前項において認定したモトクロス競技の内容、特質、本件コースの設定方法、整備状況等に徴すれば、本件コースが、モトクロスレース場として通常有すべき安全性を欠いていたものとは到底認められないから(なお、本件レース場にコースの案内図及び標識等による危険箇所の表示がなかったことは、当事者間に争いのないところであるが、これは、モトクロス競技の特質から生ずる可変的なコース設定の要請に由来するもので、このような案内図又は標識等が設置されておらず、コースの地形等は公式練習により把握し、また、危険箇所の表示はコース役員の合図によりこれをなすのが通常であることは前記認定のとおりであるから、右の表示がなかったからといって、レース場として通常有すべき安全性を欠くものということはできず、更に、本件事故現場に転落防止柵等の安全設備を設置しなかった点についても、格別安全性を欠いたものといえないことは、前項において判示したところから明らかである。)、原告の主張は、理由がないものといわざるをえない。

(予備的請求について)

六 原告と被告との間に何ら雇用関係又はこれに類似する関係を認めることができないことは、第二項において判示したとおりであるから、右関係を前提として被告に対し労働基準法上の災害補償を求める原告の予備的請求は、その前提を欠くものであり、失当というほかはない。

(むすび)

七 以上の次第であるから、原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、いずれも理由がないから、これを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条の規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 武居二郎 裁判官 島内乗統 裁判官信濃孝一は、転補のため、署名押印することができない。裁判長裁判官 武居二郎)

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